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シンプル・ライフ

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ミスター・ムーンライト


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     ~ ミスター・ムーンライト  ~
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「ねぇ、ちょっとこれ見て」
 眉間にくっきりとしたシワを浮かべた同僚が差し出したのは一枚の写真だった。
 そこにはちょっと目つきの悪い坊主頭の男性が、先日発売されたばかりの週刊誌と一緒に写っている。
「これが一体どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、勝手にけじめだからって送ってきた」
 けじめってどういうことなのだろう。憤慨する彼女には、この件で色々と言いたいこともあるらしい。
 そしてどうやら私は、彼女の相談相手かはたまた、話の聞き役に抜擢されたってことらしい。
「とりあえずお昼だし、食事がてら話ししようか」
 きっとそのつもりで、このタイミングに声を掛けてきたのだろう。
 引き出しから財布を取り出して、私は自分の眉間を人差し指でグニッと押さえる。
 それを見て彼女はちょっぴりバツの悪い表情を浮かべて眉間にかかる力を幾分緩めた。
「天気も良いし外で食べない?」
「だったら柊亭のランチボックス買って、公園行くのが良い」
 柊亭は私たちのお気に入りの店だ、特に彼女はお昼にだけ販売されるクラブハウスサンドを激愛している。食欲があるのなら然程心配する必要も無いのかもしれない。
「昼食行ってきます」
 フロアに居る留守番役に声を掛けると、少しだけ早足で目当ての柊亭に向かった。
 限定のランチボックスは人気があってタイミングを外すと手に入らないのだ。
 私たちはなんとか昼食を手に入れると公園の噴水前のベンチに座った。
 外の日差しは暖かくて、これからしばらくはこんなランチも良いかもしれない。勿論木陰のベストポジションを確保しなくてはいけないけど。
 食事も済ませて買ったお茶を飲みながらのんびりしていると、ようやく彼女が口を開いた。
「あの写真見てどう思った?」
 ついさっき見たばかりの男性を思い浮かべるのは簡単だった。特に印象に残ったのはあの髪型のおかげだからだろうか。
「あの写真ねぇ。随分と迫力のある人だね」
「気を使ってくれて、ありがとう」
 どうも私の言い回しはお気に召さなかったようだ。
「ところであの人何者?彼氏?」
「違う、友達。でも子供の頃からの付き合いだから幼馴染か」
「珍しいわね未だに付き合いが続いてるなんて」
 彼女は、ちょっとだけ愉快そうに。そして何かを懐かしむような表情を浮かべた。
「昔から無茶ばっかりする人でね。絶対壁抜けは出来るはずだ!とか言って壁に激突するような子供だった訳よ。そんなのが日常茶飯事でね。しかもガキ大将で周りへの影響も大きかった訳」
「それは親御さんもさぞかし苦労したろうね」
「そりゃもう、親御さんも、周りの大人も大変苦労してました」
 彼女は大きく一つ頷いて、まるで教師が出来の悪い生徒の思い出話をするような感じだった。
「で、その幼馴染殿のけじめとやらは?」
「この前ね、約束を反故にされたのよ。それであの人頭丸めたの」
「その約束ってスッゴク大事な約束だったの?」
 頭を丸めて謝罪するからには、随分と大きな失敗を幼馴染殿はしでかしたのだろうか?
「いや、私にとってはごめんなさいの一言で済む問題だった。もちろんそれは言ってもらってるんだけどね」
「じゃ、なんで頭丸めちゃってるの?」
 謝罪相手の彼女が許しているというのに、坊主頭になる必要があるのだろうか。よく判らない思考だ。
「しかも、本当はその約束だってあの人のせいでダメになった訳でもないのに」
 彼女の手元をふと見ると、紅茶を握る手の指先は赤く染まっていた。ヨッポドこの結果にご立腹らしい。紅茶がスチール缶であったことは不幸中の幸いだ。
「と言うことは何。自分の失敗でもないのに責任取って頭丸めたってこと?」
「まぁ、そうなんだけど自分の責任でもあるってことなんだよね。約束反故にした張本人に年長者として手本を見せるってことらしいし」
 私の頭の中では、なんだかよく判らない状況になっている。
「幼馴染が、約束を反故にしたんじゃなくて、約束破った人が他にいるの?」
「あっ、そうかごめん。これだけじゃ良くわからないよね」
 そう言って彼女はことの次第を判りやすく説明してくれた。
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 幼馴染氏には面倒を見ている後輩がいて、話の中によく登場するその後輩に興味を持った彼女が会ってみたいと言い出したことで、幼馴染氏が段取りを取って後輩と彼女を引き合わせることになっていた。しかし当日になって後輩君がメールで約束のキャンセルを伝えてきたのがことの発端なのだそうだ。
「どうも、それもきっかけだったみたいなのよね」
「どういうこと?」
「今までも約束のキャンセルをメールで簡単に済ますってことがあったんだって。その度に相手に誠意を見せるんだったらそんな軽いことするなって怒ってたのね。だから今回はトコトンお灸を据えてやろうってことみたい」
「メールだと誠意はあんまり伝わらないよね。もっとも状況に応じてはやっちゃうことではあるけど」
「まぁ、私はとりあえず連絡あっただけでも良いんじゃないかとは思うんだけど、それじゃ済まされないって激怒してね。それで自分が坊主よ」
「後輩の不始末を自分がお詫びするってことな訳ね」
 なんというか礼儀に厳しい人なのだなと感じていると、彼女は口をへの字に曲げてそれだけではないのだと言う。
「あれはね、見せしめでもあるの。自分はこれだけの責任を感じているんだぞ。お前それでいいのか?ってね、どう思う?」
「それは気の毒に・・・。正しいけれど受ける側としては重過ぎるけじめよね。」
 早い話が彼女は単なる後輩の指導の為のダシにされたとも感じている訳だ。
 大して自分が怒ってもいないことで随分と厳しい戒めがなされていたことを後で知り。挙句の果てが、目つきの悪い坊主頭の写真ではその対応にさぞ困ったことだろう。
 でも、私の中で一つの仮説が浮かんだ。
「あの、決して幼馴染の肩を持つ訳じゃないけど、今回のきっかけが貴女のことで行ったっていうのには、それだけ貴女だったらその行動を理解してくれるんじゃないかってのもあったんじゃないの?付き合いだって長いんだし」
 これが当っているかどうかは判らないけど言ってみた私に対して、彼女の反応は冷静だった。
「うん、そうなんだと思う。でもね、もっと腹が立つのは、仲間ハズレにされたって思っちゃってる自分自身だったりするんだよね」
「仲間ハズレって?」
 私は今度は彼女の思考が判らなくなっている。
「子供の頃思わなかった?うんと小さい頃は男も女もなく転げまわって遊んでたのが、大きくなるにつれて区別されて男と女は一緒じゃないんだって思い知らされるってこと」
「男と女の境界線が引かれちゃうってこと?」
「うん、それに反発したいと思いつつ、やっぱり自分は女なんだなぁと思い知らされたっていうか。きっと私が男だったら「立派な心がけだ」とか言って褒めちゃうんだろうけど、実際はなんでそんなことするのよって思ってるからね」
 潔い態度は褒めたいけど褒めるよりも怒りが先に湧く。彼女の気持ちはなんとも複雑に絡まっているようだ。
「まるで母親の心境も加わってるみたいね」
「あーっそっか!!なるほどそれだ」
 彼女は子供どころか未婚のくせに無茶な息子に手を焼きつつ、その成長が嬉しいのと離れてしまう一抹の寂しさなんてものを味わったりした訳だ。
 私の一言で全てに合点がいったらしい。しきりに私に感心してくれる彼女にちょっと照れる私はその照れを紛らわせる為に言った。
「なんていうか、貴女苦労性よね」
「そう思う?」
 実は自覚しているけど他人に肯定されると益々そのような気分になってくるのか、ちょっと嫌そうに聞き返してくるのに、私はしっかり頷くことで返事をした。
 彼女はベンチから立ち上がって持っていた空き缶をゴミ箱に向かって放り投げた。空き缶は放物線を描いて見事にゴミ箱に吸い込まれていき。行儀は悪いがちょっと悪戯が成功した子供のような表情を浮かべる彼女に私は、野暮な注意をする気は無かった。
「ここら辺でモヤモヤしてたものがなんかスッキリしたありがとう。まっ、そのうち実物拝ませてもらって精々笑わせて貰うわ」
「それがいいね」
 大の大人の坊主頭を思い出してクスクス笑いながら、私たちは会社へと引き返した。時計を見るとお昼休みも残り5分となっていた。
 それから数日後、彼女が又お昼休みに私に声を掛けてきた。
「これ見て、私また仲間ハズレみたい」
 その写真には、先日の坊主頭の主とは違う若者が、やっぱり坊主頭に先日発売された週刊誌を手に写っていた。
 彼女は置いてきぼりにされてしまって泣きそうな子供と、子離れを寂しく思う母親のような二つの表情を浮かべていた。
「柊亭でランチボックス買おうか?」
 コックリと頷く彼女。私は、せめてクラブハウスサンドは残っていますようにと祈るのであった。

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